昔の「手稲区」の求人について|求人歴史街道

昔の「手稲区」の求人について

「手稲区」の昔はこうだった

昔の手稲はただただ何もない野原が広がっていました。まさに北海道と言わんばかりで一面が緑でした。店も広い間隔でぽつんぽつんとあるだけでした。中央区に近い所のはずですが、派手さは全くない街が手稲区でした。

 

昔の「手稲区」の求人の特徴

店がそれほど多くはなかったので、求人が出ればどこの店が求人を出したかがわかります。それと昔は、店で人手が欲しくて求人をだすとその店の人気は無くなっていました。理由は、店の景気が良くないから客が離れて最後には従業員までいなくなる。その従業員がいなくなった瞬間に人気のない店のレッテルが自然と張られていました。

 

今は無き「手稲区」に出ていた求人、「アラスヤック」

札幌の街中にあるような、アラスカと北海道がコラボした感じのジンギスカンの店がありました。それがアラスヤックです。何十年も前の求人なのに、今とそれほどクオリティー面ではたいした差はないと感じましたが、一番違うと思った部分は写真がありませんでした。

 

昔の「手稲区」の求人から現在にかけて変わったところ

昔は、今の様なカラー写真が使われてはいませんでした。それが今では普通に使用されています。派手ではない手稲区が、札幌の中央区と変わらない街に変化しました。

 

「手稲区」であった変わった応募者

この手稲区には変なというか、変わった習慣がありました。アルバイトをしたければもとバイトをしていた人の承諾を得ないといけないという習慣がありました。この理由は、アルバイトをしようと考えている店に初めて来るような人から愛情を感じることは出来ないと思われていたらしいのです。今も残っている習慣かどうかは分かりませんがそういうのが昔はありました。

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